#2全国の障がい者を幸せにする社会人野球チーム「Baseball Team NINE」
- 前編
- 寂しさがきっかけで野球チーム発足?
「ワクワクしたい!」「福祉の課題を解決したい!」の両方が叶えられた
僕たちは2022年に社会人野球チーム「Baseball Team NINE」を創部しました。1年目は部員6人しか集まらず助っ人がいないと練習や試合ができない状況だったのが、翌年には全国大会ベスト4まで駆け上がっていて勢いのあるチームなんです。
今回はそんな「Baseball Team NINE」がどのようにして発足されたのかというストーリーをお話しますね。
「Baseball Team NINE」は一人の男との出会いがきっかけで始まった
「Baseball Team NINE」の発足秘話を語るにあたって、久保田健治(以下、健治)という男との出会いを語らないわけにはいきません。まずは健治との出会いについて話していきますね。
その前に。僕は小さい時から野球やってたんですよ。卒業してからは僕の父が1974年に創部した草野球チーム「新田クラブ」に入りました。弟の武志も野球が好きで一緒にやっていました。ちなみに武志は大学卒業後は普通に就職したんですけど、野球をやるために仕事を辞めてしまうくらい野球好きです。
それで、2017年に父から「新田クラブ」を継いで僕が監督をやることになりました。老舗のチームということもあって何回も日本一になるくらい強かったんですよ。
その監督就任初年度に、健治が「新田クラブ」に体験に来たんです。草野球っていうのはトライアウトなどはせず、人のつながりで入部することが多いんです。健治もたまたま「新田クラブ」に同級生がいて紹介してもらったみたいで。当時27歳で「あと2、3年は真剣に野球をやりたい」と思って入部することを決意したらしいです。
左から僕、弟(武志)、健治
一緒に野球してたら福祉事業も教えることに。まずは福祉の心から!
僕たちは野球がきっかけで出会ったんですが、あるとき急に健治から「福祉事業について教えてほしい」と電話が来たんです。
不思議なもんで、野球の時間って完全にプライベートだから「自分の職業は〇〇」みたいな野球以外の話は一切しなかったんですよね。もう完全に「野球楽しむぞ」という気持ちで取り組んでいたので。だから、僕が福祉事業をやっていることを健治がどこから知ったかまったくわからなかったんです。
後から知ったんですけど、健治の親父さんは脳梗塞で障がいが残ったんです。だから、福祉が身近な存在だったのかもしれないですね。
弟の武志も福祉事業をやっているんですけど、「新田クラブ」を紹介した友人から僕たち兄弟が福祉の仕事をやっているとチラッと聞いて二人から福祉について教えてもらってお父さんを元気にしたいと考えて電話してきたらしいです。
僕も断る理由もなかったので引き受けることにしました。そこからは、「まずは福祉の心から知ってもらわなあかん!」と思って、もう全部教えましたね。日中はそれぞれ仕事があるから早朝に集まって勉強会する日々で。健治は「指導料として後から莫大なお金を請求されるんじゃないか」って不安だったらしいんですけど(笑)。
僕、「福祉領域には簡単に入ってきてほしくない」って思っているんですよ。福祉って愛がないとできない仕事ですから。
健治には愛のない福祉をやってほしくなかったので、最初は特定非営利活動法人(NPO)から始めるようアドバイスしました。NPOって手続きから立ち上げまでに半年かかるんです。だから、その半年間でいろんな体験をしてもらって本気かどうかを見てみようと思って。試しているつもりではなかったけど、僕と関わった以上はやっぱり成功してほしいですからね。
健治はね、僕の言っていることが間違っていようが間違っていまいが全部に「はい!」と言って取り組み続けてくれました。例えば、「利用を検討している方が来られる際には冷蔵庫いっぱいにジュースとお菓子を詰め込んでおきなさい。そうすれば『この施設は愛で溢れてる』と思って来てくれるから」と冗談半分で言ったときもその通りにしてくれました(笑)。
そんなこんなで半年間が経ち、健治のNPO法人も無事に立ち上げることができました。
靴下会社代表から紹介してもらった元プロ野球選手
健治と出会った同じ時期にオリックスバッファローズで活躍した元プロ野球選手の宮﨑祐樹さん(以下、宮ちゃん)とも出会いました。
宮ちゃんは現役の頃、靴下にすごいこだわっていたみたいで。某選手に靴下のことを相談したら「これ履いてみ」とある靴下を渡されたらしいんです。それが「もうこれしか履けません」ってくらい自分の足に合っていたらしくて。
これが本当に偶然なんだけど、その靴下を作っている会社の代表が僕と武志の知り合いだったんです。その代表の方が僕たちと宮ちゃんをつないでくれました。
宮ちゃんは現役を引退された後は保険会社に勤めてたんですけど、ちょうど僕が保険を切り替えようと考えていたので、宮ちゃんにお世話になることにしました。
そんな出会いで健治にも宮ちゃんを紹介し、僕たちは仕事を通じてだけど仲良く付き合うようになりました。
元プロ野球選手が率いる「Baseball Team NINE」結成!福祉の課題も解決できる
それからしばらく経ったある時、健治が「3人で女子野球チームを作ろう」って言い出したんです。この女子野球チームっていうのにも背景があって。福祉の業界って女性が活躍する場面が多くあるんですけど、人材を集めるのがめちゃくちゃ難しいんです。
新卒や20代でバリバリにキャリアを築いて来た人が福祉に関わってくれたら嬉しいんですけど、「営業」と「福祉」という職種の二択があったとき、多くの人が「営業」を選ぶと思うんです。福祉事業の成長のさせ方は掴めてきたけど、人材が集まらない。「女性が活躍できる場を作ってそんな状況を打破したい」となったときに「女子野球チームを作って、野球がしたい女性に福祉の仕事にも関わってもらおう」と考えたんです。
でも、男性にも同様の課題はあります。それに僕たちも一緒に野球をやれた方がワクワクするから「やっぱり男子野球チームを作ろう」となりました。しかも、元プロ野球選手の宮ちゃんに監督を依頼したら、快諾してくれたんです。「Baseball Team NINE」はこのような経緯で立ち上がりました。
この「Baseball Team NINE」はただの野球チームではありません。全国の障がい者に勇気や元気を与えられるチームなんです。具体的にどんな活動をしているかは後編でお話しできればと思います。
- 後編
- ファンの想いを背負って仕事も野球も全力プレー!
野球を通じて全国の障がい者に元気と勇気を与えたい
前編では健治や宮ちゃんとの出会い、社会人野球チーム「Baseball Team NINE」が創部されるまでの背景についてお話ししました。まだ前半を読んでいない人はこちらから記事をご覧く ださい。
前編でもちらっとお話ししましたが、「Baseball Team NINE」は福祉業界が抱える課題を解決したり、全国の障がい者に元気や勇気を与えられたりするチームだと思っています。
後編では、「Baseball Team NINE」が具体的にどんな野球チームなのか、僕たちがどんな想いでチームを運営しているのかお話ししますね。
日本中の社会人野球をやりたい人を集めて事業所の人材不足を解決
当然ですけど、野球をするためには選手がいなければどうしようもありません。でも、ただ野球をするだけの選手を集めても僕たちらしくないんで、選手を集める際は同時に福祉の人手不足の問題も解決したいと考えていました。
普通、福祉施設の従業員の募集ってハローワークなどを通じてやってるんですけど、施設の周辺に住む人しか応募がないんですよ。そもそもの母数が少なく、その中で「福祉施設で働きたい!」という人はもっと少ないんです。
でも僕たちは思ったんです。「福祉の仕事をやりたい」じゃなくて「野球をやりたい」だったら北海道から沖縄まで全国から集められるんじゃないかって。プロ野球選手にはなれなかったけど「野球で夢を見続けたい!」とか「もう一回現役選手として挑戦したい!」って思っている人はいるはずです。
そこで、野球ができる環境を整えて、選手たちには野球をしながら日中は福祉施設で働いてもらうことにしました。そうすることで、野球がやりたい選手たちと福祉施設の人材不足を解決したい僕たちの両方の希望が叶う形を作ることができました。
利用者さんの想いを背負って、仕事も野球も全力プレーせなあかん!
チームが強くなることももちろんなんですけど、僕たちにはある目標があります。それは、各事業所に一人の野球部員が支援スタッフとして働く状況を作ることです。
一つの事業所には20名ほどの利用者さんと、10名ほどの従業員がいます。全員がファンになってくれたら、その事業所で働く一人の野球部員に30名のファンが付くということになります。
つまり、野球部員が20名だとすると600人のファンができるということです。
「いつでも会いに行けるアイドル」じゃないけど、利用者さんにとっても推しの選手がいるのは嬉しいことだと思うんですよね。
それに、選手にとっても野球と仕事の両方で良いプレッシャーになると思っています。利用者さんが実際にプレーを見られるのは試合だけですから、レギュラーを外れて試合に出れなくなったらファンは減っていきます。
また、レギュラーを取れたとしても全力疾走しなかったり、道具を大切にしなかったら応援してもらえなくなります。
利用者さんにはボールや道具を磨く作業を手伝ってもらうことがあるんですけど、本当は利用者さん自身が野球をやりたかったかもしれません。その想いを選手に託して手伝ってくれているんです。
あと、選手は練習があるから仕事を抜けたり、遅れて出社したりすることがあります。そんな中であくびをしてたり、「俺は野球がしたいだけだから」みたいな顔をしていしたら、他のスタッフからも嫌われてしまいますよね。他の野球部全員がちゃんとしてても一人の行動で野球部全体が悪く思われてしまうんですよ。
僕は、「野球がやりたいから仕事を一生懸命頑張る」という考え方でも良いと思っています。でも、野球部は利用者さんの想いも背負っていることを自覚して野球と仕事に取り組まなきゃいけないと指導しています。
あるとき選手たちに「野球の神様がいると思う人?」と聞いたら、半数だけが手を挙げました。次に「応援が力になると思う人?」って聞いたら全員が手を挙げました。「だったら応援されるようなチームになろうぜ」って思うんです。
「道具を大切にしなかったら勝利の神様に見放される」って言われることありますよね。こう言われるとしっくり来ない人もいます。「あくまでも実力や」って。
でも、道具を大切にしないと応援されないチームになるんです。応援が力になるんやったら応援されるような行動をしなきゃいけないんですよ。
今の時代、スタッフに「元気出せ」や「笑顔でやれ」とか言うとパワハラになっちゃいます。でも、野球部は応援されなきゃいけません。だから、「眠たそうに仕事してたらあかん」とか「服装をちゃんとしなさい」のような指導をするようにしています。
実質創部一年目で全国大会出場!予選にはたくさんの利用者さんが応援に来てくれた
こんな感じで、ファンのためにも野球と仕事を両立させる野球部を創っているんですけど、実は1年目は部員が6人しかいなかったんです。
2022年の4月に創部したんですけど、部員のスカウトを始めたのが2021年の8月で。ほとんどの大学生は就活を始めてて、終わっている人もたくさんいたんちゃうかな。必死に探したけど6人しか集まらなかったんです。
このままでは当然試合には出られません。だから、僕が監督をやっている草野球「新田クラブ」のメンバーに助っ人として参加してもらいながらなんとか試合に出ていました。
それが、翌年の4月には、なんと7人も入部したんです。全部で13人。試合に出られます。しかも、それだけじゃなく、翌5月には全国大会の大阪府予選で優勝し、全国大会出場も果たしました。正直、創部1年目みたいなもんですよ。
予選当日は平日だったので、相手チームの応援はほとんどいませんでした。一方で、「Baseball Team NINE」にはたくさんの利用者さんが応援に来てくれたんです。プレーを見てもらって利用者さんに勇気を与えたいって夢を掲げていたけど、実際にそれを叶えることができた瞬間でした。
Baseball Team NINEは野球を通して人を幸せにできる唯一のチームだと確信
2023年の全国大会は岩手県で開催されました。もちろん全国優勝を目指していたんですけど、ここで一つ問題が発生したんです。それは「Baseball Team NINE」が応援されるチームを目指していたが故に、選手たちが応援されて試合することに慣れてしまったんです。逆を言えば、応援がない試合は実力が発揮できないかもしれないって思って。
とはいえ、大阪の応援団を岩手県まで連れて行くことになったら莫大な費用がかかってしまいます。「どうしよう…」と悩んでいるときひらめいたんです。「岩手県の福祉事業所にお願いして応援に来てもらおう!」って。
早速それを実現すべく、野球部全員で岩手県の福祉施設にアポを取って、僕と監督の宮ちゃんと選手1名で岩手県に向かい、20件ほどの事業所を回りました。
ただ、もう一つ問題が…。一回戦の相手が岩手県のチームだったんです。そんな状況だったけど「僕たちの野球は障がい者の方々に勇気を与えられます」ということを話したら、「岩手県を応援せずに大阪を応援する」と言ってくれる人までいて。
ほかにも、選手のお弁当を作ってくれた事業所や利用者さん全員を集めて「フレー!フレー!」と激励してくれる事業所もありました。
試合当日は40人ほどの岩手県の障がい者の方々が集まってくれて、チームはベスト4という結果を残すことができました。
このとき、僕は思ったんです。「全国にはたくさんの障がい者施設があるけど、自分たちの施設の利用者さんだけを幸せにしようとするのは違うんじゃないか。そうじゃなくて、野球を通じて全国の障がい者の方々を元気づける。そのために自分たちは全国大会に行かなあかん」って。
「Baseball Team NINE」は、野球を通して人を幸せにできる唯一のチームちゃうかなって思っています。選手たちがこのことに気が付き出したら、チームはもっと強くなると思っています。